癌晴る

 歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが急性呼吸窮迫症候群のため57歳という若さで亡くなりました。6月に食道がんを患い、手術を受けた後、肺炎を発症したそうです。私は歌舞伎界のことはよく知りませんが、歌舞伎役者の中でも最も著名な方でした。私の母が歌舞伎が好きで、大の勘三郎ファンでした。私も何度か歌舞伎座に行って中村勘三郎さんの踊りを観覧しました。当時は「勘九郎」でしたので、私も勘三郎より勘九郎の方がイメージが強いです。母はよく「中村屋ぁー!」と掛け声を発していました。「この掛け声を発するタイミングは通でしかできないのよ」と自負していました(笑)。素人の私が見てていても、何か人をひきつける雰囲気を持たれていました。古典から現代物まで芸域も幅広く、時にはアドリブを入れながら観客を楽しませてくれるのです。女形もきれいで、その舞、踊りも素晴らしいのです。踊りのうまさは誰もが認めるところだと思います。

 そして、昨日テレビを見ていましたら、家族の方が報道各社に勘三郎さんが亡くなった旨の文書が紹介されました。その中で、来年新しくなる歌舞伎座のこけら落しを励みに「癌晴って参りました」という記述がありました。私は、この「癌晴って」は誤字だと思いました。あまりの悲しさで間違えられたのだろう・・・と。しかし、これは生前、勘三郎さんが造った造語であり、「頑張る」と「癌を晴らす」を掛けているのだそうです。粋な言葉遣いですね。元気になってこれからまたやり直そうとした矢先にお亡くなりになられたのですから・・・。本当にお気の毒です。

 また、亡くなったその日に長男勘九郎さんの襲名披露公演があり、父の死にもめげずに悲しみにこらえて切実と口上を述べていた勘九郎さんの姿は非常に立派でした。「父のことを忘れないでください」と。勘三郎さんも父である先代の勘三郎さんのことを慕っておりました。親を尊敬することはあたりまえのことではありますが、行動でおこすことはなかなかできません。

 勘三郎さんのように、誰からも愛される人はそうはいません。常に人に対してわけ隔てなく接し、幸せを届ける姿勢を抱いていたそうです。そこに多くの人は共感共鳴したのだと思います。歌舞伎界に大きな穴が開いてしまいました・・・。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック