被災者訪問から思うこと

 先週末から県議選が告示され、統一地方選挙がスタートしました。このご時勢ですから、派手な選挙活動を自粛する傾向が強いです。そうなると、候補者の政策、考え方を十分に把握できなくなると思います。知名度のある現職候補者は有利です。必然的に新人候補者は厳しくなります。日本全体が混乱している中、日程が事前に決定しているからといって強引に行うべきではないのではないでしょうか?

 昨日、被災者の方とお会いしまいました。自宅の近くの老人福祉施設で「被災者を受け入れている」との情報を得ました。差し入れを持って家族で訪問しました。この施設には南相馬市の方々がおりました。私達が訪れたからといって何かが変わる訳ではありませんが、「少しでも希望を持って元気になってくだされば・・・」と思いました。実際にお会いすると、非常に気持ちの面でも前向きでした。「地元の方が気遣ってくださることがありがたいです。私達がここにいることでお年寄りの方が利用できなくて申し訳ないです・・・」と言っておられました。困った時はお互いさまです。私が被災者の立場だったらどうでしょう?失ってみて初めて気付くことがきっと多いと思います。

 最近はテレビの番組内容も平常通りに戻ってきています。時間が経過しても、今回の災害は忘れてはいけないことです。東日本大震災のみならず、新燃岳の噴火もそうです。事前に対処できることは対応しておくことを学ぶべきであり、被災の体験は後世に伝達するべきです。それが生きた災害対策マニュアルになると思います。しかし・・・。最近の世の中を見ると、その意識も薄れているような気がします。日本人は熱しやすく冷めやすい気質です。そして、扇動されやすい気質です。これは短所です。あのガソリンスタンドに殺到した光景などはまさにそうです。災害のみならず、メディアの報道に流されたりするのもこれに当てはまりますし、外交面においてもこの点を諸外国はついてきているような気がします。中国の毒入り餃子などは、今となっては言われなくなっていまいました。これが逆の立場だったらどうでしょうか?おそらくこのようにはならないでしょう。

 阪神・淡路大震災に被災された方が言われた言葉です。「忘れ去られることが、一番の災害です」。身にしみてそう思います。

 

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