硫黄島ミッション vol-7

 摺鉢山の頂上にも行きました。天候が午後から崩れてしまったため、小雨模様の曇りになってしまったことが残念でした。素晴らしい景色は見られませんでしたが、南海岸の黒い砂浜は見ることができました。
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 この浜辺からアメリカ軍が上陸してきました。水際で日本軍は撃退せず、地下に潜伏し、アメリカ軍をおびき寄せる戦法を採りました。この作戦が、長期戦の起因となりました。地上はアメリカ軍、地下は日本軍です。栗林中将の状況分析も見逃してはいけないと思います。また、この摺鉢山山頂には、硫黄島戦没者顕彰碑、第1・第2御楯特別攻撃隊慰霊碑、米軍戦勝記念碑があります。日米の慰霊碑が対照的です。

硫黄島戦没者顕彰碑  各当道府県がそれぞれの都道府県から産出された石によって形作られています。
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米軍戦勝記念碑
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 南海岸に下りて摺鉢山を一望しました。硫黄島全体を見渡してもこの山だけが突出しています。爆撃により山の形状が崩れてしまった部分があるそうです。島内には至る所に銃撃戦の跡がうかがえました。下の二番目の写真などはその跡です。岩肌に銃弾の跡があります。
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 今回の滞在時間は7時間程度でした。島内のすべての戦跡を訪れた訳ではありませんが、非常に考えさせられました。地熱が物凄い中で地下壕を掘り、ゲリラ戦を展開し、少しでも本土への襲撃を遅らせようと奮闘した先人に尊敬の念を抱きます。現代の若者は到底、耐えることはできないでしょう。この奮闘の源は何でしょうか?国に対する気持ち、もっと言えば、自分達の家族を守ることだと思います。栗林中将は家族に多くの手紙を書きました。常に、妻、子供を思う気持ちを表しました。現代社会ではこのような家族愛が希薄なような気がします。
 
 改めて、今回の硫黄島を訪れて、日米の認識の相違が浮き彫りになりました。日本は2万名近い戦死者が出たのですから、もっと国全体で補償する動きがあってもよいのではないでしょうか?残念な気がします。アメリカは現在でも最後の一人まで、戦没者に敬意を表して行動しているそうです。時間が経てば風化してしまいます。この史実、事実を後世に伝えることが現代人の責務だと感じました。本日で硫黄島ミッションを完とします。

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この記事へのコメント

kokokoiuace
2013年12月19日 03:26
どうもありがとうございました。大変参考になる記事でした。
kokokoiuace様
2014年02月24日 18:54
コメントをいただきながら気付かず申し訳ございません。今思いますと大変貴重な体験をしました。これは私の財産です。
硫黄島からの手紙をみて・・・
2014年09月20日 19:09
本当に為になりました。ありがとうございました。靖国参拝もですが、こういう戦地へも崇拝して頂きたいものです。それは参拝だけでなく遺骨等の収集や墓地の手入れなども含めてです。
硫黄島からの手紙をみて・・・
2014年09月20日 19:09
本当に為になりました。ありがとうございました。靖国参拝もですが、こういう戦地へも崇拝して頂きたいものです。それは参拝だけでなく遺骨等の収集や墓地の手入れなども含めてです。

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